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Healness & Wealness 216
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![]() 老人保健施設 あかまつの里ななえ 施設長 大村 和久 ●七飯町本町4-6-10 Tel.65-1130 http://www.ohmura.or.jp/ |
四住期にみる「老い」 | |
| 真っ白な雪と眩しい光の中、松を望みながら新たな年を迎える。美しくもあり、厳しくもある雪に埋もれた北国にも、3月になれば雪の中から福寿草やクロッカスの花が色鮮やかに可憐な花を覗かせる。 バラモン教にアーシュラマ(四住期)の概念がある。ヴァルナの男子に適応されるものではあるが、「学生期」…勉学に勤しむ就学期、「家住期」…家業に務め、結婚して子供をもうけ家族を養う、「林住期/林棲期」…家業を次世代に譲り、家を離れ林の中の庵で思考に向けた人生段階に入る、「遊行期」…風や雲のごとく、住まいを捨てて放浪し、命への執着を捨てて「悟り」を目指すとし、人生を四期に分け目標と義務を課している。仏教の祖でもある釈迦も同様にして解脱への道を進んだとされる。日本では、「林住期」は五木寛之の小説で有名になった。 クリスチャンでもある遠藤周作氏は、「生き上手、死に上手」の中で、「『老い』とは、眼に見えぬもの、耳にはすぐに聞こえぬもの、言葉では表現できぬものに、心が傾いていく年齢という気がする。」「『老い』は、もう一つの世界に対し、青年時代や壮年時代には持てなかった敏感さを私に与えている。」と述べている。 老いと伴に結実する「結晶性知能」をも楽しみたい。結晶性知能は、就学期の流動性知能を基盤とし、経験や機会など環境因子や文化因子により強く係わる知性と考えられる。老いの中で、新たな洞察力と豊かな知性を育みたい。 陸前高田の一本松も、「弁慶の立往生」を思わせるが、その種や接木から新しい芽が芽生えているとのこと。 仏教では「五蘊皆空」として、身や物体(色身)も心(受想行識)も、「空」なるものとされる。新たなもうひとつの世界に敏感に耳を傍立てて、結晶性知能を磨きながら、さらに楽しく歳を取りたいものである。 「人生の最終章で、解脱に至らないT孤独な凡人Uであれば、聖人の遊行期での行脚は、現代人では認知症の徘徊かな」とふと思う。ともかく、現代医学では認知症は病気とされているので、予防のためにも「心と身体と、社会的にも健やかに過ごすこと」をモットーに、笑顔で人と接し、楽しく健やかに新しい年に踏み出したい。 |
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